
有機農業は厳しい農業だ。妥協が許されない。農薬を止め化学肥料を使わず堆肥や有機肥料を使えば有機農業といえるだろう。しかし本当に納得のいく作物はそれだけでは育たない。
納得のいく本物を育てるには、過酷な自然の現実と格闘しながら、時間を掛け丁寧に作物と対話をする他無い。もう一度言おう。そこには妥協は存在しない。あるのは頑固なまでのこだわりと揺るがない信念、そして安心できるものをお客様の手元に届けたいという思い。ただひたすらにそれだけなのだ。

藤本邦夫は熊本県の岳間に生まれた。藤本の家は代々岳間でお茶の栽培と製茶業を営んでい る。岳間は近くにある菊池渓谷に劣らない自然環境に恵まれた土地だ。山深く清涼な岳間の環境はお茶の栽培には理想的なのだろう。江戸時代は熊本藩主細川家の茶所としてその名を知られていた。
昔、春吉と言う男がいた。邦夫の祖父。岳間の地でひたすらお茶作りに情熱を注いだ。農薬が無かった時代、害虫や病気と格闘しながら彼はお茶を作り続けた。やがて彼の作ったお茶は高い評価を得る事になる。しかし奢ることなく彼はひたむきにお茶作りに情熱を注いだ。
お茶はデリケートな作物だ。自然環境に恵まれていても簡単に出来るものではない。お茶の栽培は厳しい。常に虫や病気と向き合わなければならず一時も気が抜けない。だから農薬を使う。それも以前よりは少なくなったとは言え、我々から見れば信じられないほど使う。だがそうしなければお茶は今のように気軽に飲めるものでは無くなってしまう。
お茶は子供から老人までが飲むものだ。そのことを考えれば農薬は出来る限り避けた方がよい。しかし農薬を使わずお茶を栽培することは、害虫や病気と気の遠くなる格闘をしなければならない。それは自ら苦労を買って出るに等しい行為で、尋常ではない覚悟が必要となる。
今から三十年前、無謀とも思える有機無農薬のお茶栽培に果敢に挑んだ男がいる。男は周りの忠告を敢えて聞き流し、自らが信じた理想を追求した。忠告はやがて嘲笑に変わり、経済的にも追いつめられ、それでも男はひたすら歩み続けた。三十年と言う時の重さだけが男の歩んだ壮絶な人生を物語る。男の名は英世。邦夫の父だ。今柔らかな笑顔を湛える。
英世の挑戦はその後、息子の邦夫へと受け継がれた。いま春吉から始まったお茶への想いは岳間の豊かな自然に抱かれて鮮やかな萌黄色の輝きを放っている。
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